SAIHATE

以前に比べて「パーマカルチャー」という言葉を聞いたことがある人はだいぶ増えてきたよう に感じているけど、その認識はずいぶんと限定的なように思う。それは、日頃僕が出会う人達 の実に9割近くが「畑もしくは農業のやり方」だと思っていること。確かにそれも間違いではないのだが、それは基本の”き”であり、デザイン対象のごく一部でしかない。

パーマカルチャーデザインとは、僕らが抱える解決すべき多くの課題にとって、無限の応用力 を持った非常にクリティカルな手段なだけに、多くの人の認識の範囲が限られてしまっている ことはとても惜しいことだと常々感じている。

そこで、このエントリーでは、僕なりにパーマカルチャーデザインについての話をしてみようと思う。

はじめに
現在よりも環境破壊や汚染が横行し、環境に対する人々の認識も低かった1970年代、オーストラリア人の動物生態学者のビル・モリソンが提唱したこのデザイン体系は、生態系全体を俯瞰 して捉え、関連する全ての要素と領域をより良い相乗効果を生むよう横断的に結びつけながら、破壊や汚染を生むことなく、より活発で永続性の高い生態系へ成長するように積極的かつ 主体的に手を添えていくこと、そして、そこに内包され営まれる、真に豊かな文化を紡ぎ、次 代に繋げていくことを主眼とする。

そもそも、地球環境というのは永続性の高い仕組みで成り立っており、そのバランスを大きく崩しているのは人間の方なのだ。だからこそパーマカルチャーは環境保護や保全などではなく あくまで人間のためのデザインとして存在している。

「生態系」とは何か?
パーマカルチャーについて直球で説明をする時に必ずと言っていいほど出てくる単語が「生態 系」だ。そして、この言葉が聞き手の理解をぼんやりとさせてしまうある種のキラーワードだ とも思う。生態系という言葉は聞いたことがあっても、それはなんなのか?と問われると言葉に詰まる、そんな類のよくわからない専門用語、、、、。ここの認識がぼんやりした時点でパ ーマカルチャーデザインがどういうものかを理解することが難しくなる。

生態系とは「一定範囲内で営まれる繋がりや関係性」のことだ。

「系」として範囲を定め、その中にどんなモノ、コト、イキモノがあり、それらが互いにどういう繋がりや関係性をもっているか?また、系全体を俯瞰して見た時には、物質やエネルギーが全体をどのように巡っているか?ということ。

それらについて可能な限り綿密に調査し、得られた情報と理解を元に、より永続性が高まる状態になるためには現状の繋がりと関係性がこの先どう在れば良いか?を考えるのがパーマカルチャー=永続性というベクトルで行うデザインである。

「永続性の高い生態系と文化の構築」のためには何をするべきか?
この問いに対しパーマカルチャーデザインでは、まず生な生物としてこの地球という星と調和を保って豊かに暮らすために必要な、様々な知識と技術、社会性の習得・問い直しから始まる。すなわち、「人間とは何か?」という存在の問い直しである。

空気や水、大地や海を由来とする様々な食べ物や住処といった個の存続に欠かせない物理的な側面から始まり、歴史を振り返りながら社会性とコミュニティ、文化の変遷について考察をし、自分達がどういう存在なのかを再認識する。同時に「自分とは何か?」という自己探求も 深めていく。

まだまだ発展途上とはいえ、一定の教育と社会制度が整っている先進国では、自分がどのような存在であるかの認識が曖昧でもフォーマットに乗っていればさほど不自由なく生活ができてしまう。ただ、それがために、自らの幸せや情熱の方向性や在りどころもわからずに悶々としたものや漠然とした不安を抱えて暮らし、経済的に成功したとしても相変わらずにその状態は続く。そして、求めるものの探し方を求めてもがいたり、最悪の場合いつしか考えることも感じることもやめてしまい、思考停止のぬるま湯の中で誰かに保障を求めて生きることに疑問すら抱かなくなる。そうなってしまっては天性の本領も発揮されず、真に充足で幸せな生をたくましく送ることは叶わない。だからこそ、自分とはどういう存在なのか?という自己探求と、その結果として掴める自己認識は、個として豊かな生を送るため、他者に歩み寄りより良い繋がりのある社会を築いていくためにとても重要なのだ。

パーマカルチャーデザインとは?
説明が長くなってしまったが、以上を踏まえて、パーマカルチャーデザインとはなんなのか? ということだけど、簡潔に言うなら「視点と思考回路」ということになる。永続性という方向性の中で、関連する全てを捉えて俯瞰する視点、繋がりや関係性に着目しながらそれらのより良い在り方を考える思考回路またはフレームワークと言っても良い。そして、その対象は「生態系と文化」である。

生態系はどこにでも存在し、文化ということは人間活動の全て、と言うことになる。
故に、世界中に何万人といるパーマカルチャーデザイナーは皆、軸足と活動範囲が異なる。 冒頭で述べた、畑のやり方などは一生物としての基本的な生活技術の一つなのでどのデザイナーにも共通のスキルだが、そこから先は千差万別だ。農林水産業はもちろん、建築土木、工業、サービス、IT、教育、メディアなど様々なジャンルと領域で活動している。それは、何に関心を抱けるかを軸に、そこに存在する生態系と文化をテーマにデザインを考えることができるからだ。

「永続性の高い生態系と文化は、永続性の高い一次産業に支えられていなければ、その先はあり得ない」という観点から、黎明期にまず取り扱うべきデザインテーマを農林水産業に設定したことから、多くの人達が農林水産業の一手法だと認識するようになり、その認識の元に学んだデザイナーもその範疇に囚われて、その先の使い方に飛躍できなくなっているように思う。

僕はと言うと、個人として百姓と呼ばれる広範な生活技術を身につけ、東京・淡路島・福岡・ 熊本の4拠点生活をしながら、個人~コミュニティ単位での実際的な活用方法を研究し、今後の時勢においてクリティカルな在り方の実像としてサイハテやCiftのような生活者コミュニティの醸成に関わり、テクノロジーやビジネスについての学びを深めて企業や自治体への応用研究をしつつ、主としてプロダクト/空間/ランドスケープ/コミュニティ/テクノロジー/医療の分野で、プロジェクトに関連する全てを統合的に活性化する”グランドデザイン”を考え、具現化に伴走することを生業にしている。余談だが、僕にとっては「パーマカルチャーデザイナーが職業的に成立し得る」という実証をすることも、大きなテーマの一つだ。

最後に、創設者のビル・モリソンの言葉を一つ。
「パーマカルチャーデザインの応用範囲に限界はない。あるとすれば、それはデザイナーの想像力の限界だ。」

僕らは本来、自分の興味の赴くままに、思う存分広く深くこの世界についてを吸収し、心の向くままに発すれば良いのだと思う。